ワインのお話 -イングルヌックの歴史ワインのお話

タイタンキャピタル 金澤幸雄です。

WEBニュースやSNS、テレビや雑誌など、さまざまなメディアに登場して私たちを楽しませてくれる国内外のセレブたち。彼らの中にはワイン好きが高じて自らの名前を冠したワインを発売したり、ワイナリーごと購入しオーナーとしてワイン造りに携わったりする筋金入りの愛好者もいます。ワイン好きで知られるセレブたちが手がけたワインをご紹介します。

◎イングルヌック・ルビコン・ラザフォード・ナパ・ヴァレー

カリフォルニア、ナパのワイナリーでもっとも長い歴史をもつイングルヌックは、1879年にフィンランドの実業家、グスタフ・ニーバムによって設立されました。ニーバム氏は、カリフォルニアでもフランスと同等あるいはそれ以上のクオリティーのワインが造れると信じ、経営する貿易会社で成した巨額の資金を投じ、ヨーロッパの高品質なブドウの苗をナパに持ち込み、当時最新だったグラヴィティ・フローシステムを導入するなど、徹底した品質主義のために惜しげもない投資を行いました。

その後、パリ万国博覧会など様々なコンクールで高い評価を受けるなど、ヨーロッパでカリフォルニアワインの名を知らしめた最初のワインとなりました。フランスに認められるカリフォルニアワインを造りたい」とニーバム氏が願った、その通りになったのです。

こうしてイングルヌックはアメリカ内外でとても高い評価を得るワイナリーへと成長しましたが、輝かしい栄光は長くは続きませんでした。20世紀初頭にニーバム氏が亡くなって間もなく、アメリカではビールやウイスキー、ワインなどの嗜好品としてのアルコールの製造、販売、輸送の禁止という禁酒法が施行されました。近代史上稀に見る悪法と評された禁酒法は1920年から1933年までの14年もの間続けられ、イングルヌックのワイナリーもやむなく14年間の生産停止に追い込まれました。

その後禁酒法が撤廃され、ニーバム夫人の甥であるジョン・ダニエルJr.がワイナリーを立て直します。ニーバム氏と同様に高品質のワイン造りにこだわり、あのワイン・スペクテーターが100点をつけた世紀のワイン、イングルヌック カベルネ・ソーヴィニヨン 1941年を生み出し、ニーバム氏が腕を振るっていたかつてのイングルヌックの名声を取り戻しました。

しかしその後間もなく、ダニエルJr.氏は病気のためワイン造りを続けられなくなり、ワイナリーの一部を売却します。1964年にダニエルJr.氏が亡くなると、ダニエルJr.夫人は残りの敷地や商標などを売りに出し、イングルヌックは再び窮地に立たされます。

イングルヌックという商標さえ売却され、壊滅状態のイングルヌックに救いの手を差し伸べたのは、映画「ゴッドファーザー」などで世界的に知られる映画監督、フランシス・フォード・コッポラ氏とその夫人でした。

敷地の一部を購入した1975年から、手を尽くして敷地とブランドを少しずつ買い戻し、2011年4月、ついに念願のイングルヌックの商標権を買い戻すことに成功。イングルヌックが完全復活復活した瞬間でした。

後にコッポラ氏は、「(イングルヌックの)敷地を買い戻すのよりも、商標を買い戻すのに苦労した」と語っています。波乱万丈の歴史をもつイングルヌックの歴史は、そのままナパのワインの歴史とも言えるのかもしれません。

金澤幸雄

Photo by Linda Pomerantz Zhang on Unsplash