アンドレア・ボチェッリ -沈黙の音楽

イタリアのテノール歌手、アンドレア・ボチェッリは日本でもとても人気がありますね。
去年私も数回彼のコンサートに足を運び、彼のファンになりました。

私がアンドレア・ボチェッリと実際にお会いしたのは、2023年の夏のことでした。アンドレアは主に音楽を学ぶ学生のための慈善団体(アンドレア・ボチェッリ財団、Andrea Bocelli Foundation)を創設しており、私はそのチャリティークルーズパーティーへの招待を受けたのです。それはリッツ・カールトンのプロデュースするスーパーヨットと呼ばれる客船でイタリアのアマルフィ海岸を周遊するという豪華なもので、著名なミュージシャンや俳優、経営者や王族など錚々たるセレブが招かれていました。その船上で、私と公私にわたり親交のある音楽プロデューサー、デイヴィッド・フォスターからアンドレアを紹介されたというわけです。

アンドレアのまさに激動と言える半生は、彼の著書「沈黙の音楽」に詳しく書かれています。私はアンドレアと出会ってすぐにこの本を読み、彼の生き方や歌に対する熱意を深く知り、同時にとても感銘を受けました。

主人公はアモスという名前をつけられたひとりの少年であり、このアモス少年が大変な努力の末に成功を手にする物語です。しかしながらこの本の中では、おそらくアモス少年の名を借りて、アンドレアが実際に経験したと推測できる大小さまざまな出来事が描かれており、アモス少年はアンドレアその人を表しているというのは明らかです。

アンドレアは出版後のインタビューで、「沈黙の音楽」の主人公を架空のアモス少年にしたことについて「自分の半生を三人称で描くことで、自分という人間を客観視しようと思った」という主旨のことを語っています。これだけで、いかにアンドレアが聡明な人物かがわかると思います。

生まれながらのハンディキャップ、彼の目から光を奪ってしまった痛ましい事故、歌手の夢をかなえるための血のにじむような努力、華やかな音楽ビジネスの裏側と歌手としての成功、そして彼を支え続けた家族の死・・・。
ともすれば感情にまかせて語りたくなってしまうようなある意味センセーショナルな事柄を、冷静に自己分析をしつつも、家族や仲間の温もりを感じさせる文章で綴っているのです。

自分を客観的にとらえることのできる能力、いわゆる「客観力」は、ビジネスの世界でもとても有効なスキルのひとつだと思います。私は今までも、仕事上での難しい局面にさしかかったときは、いつも以上に冷静であるように努力してきました。置かれている立場や従来の考え方、根拠のない勘などにとらわれて冷静さを欠き、感情をコントロールできなくなって失敗してしまう。その上、その失敗を次の仕事に活かせる柔軟性がなく、失敗をただの失敗として終わらせてしまう。そんな人たちを山ほど見てきたから、ということもあります。

常に冷静であること。状況を客観視できること。ビジネスにおいて(おそらくプライベートでも)、これ以上に大切なスキルはないのかもしれません。

久しぶりに大好きなアンドレア・ボチェッリの自伝を読み返し、仕事の原点を思い出すことができたような気がします。

金澤幸雄