
金澤幸雄です。
先日、娘の真生の結婚披露宴を無事に取り行うことができました。さまざまな思いで胸がいっぱいになり、ようやく一息ついた今、あの日のこと、これまでの真生との日々を思い返しています。
披露宴には、真生のためにレコーディング・アカデミーのCEOであるHarvey Mason Jr.やアメリカ、エジプトなど各国の政財界のVIPなど、私の友人たちやビジネスパートナーも多く参列してくれました。特に台湾の実業家であるPierre Chenが多忙の中プライベートジェットで駆けつけてくれたことには真生の父親として本当にありがたく、「娘のためにここまでしてくださるのか」と熱い気持ちになったことを覚えています。
この日集まってくれた方々は、私の信頼する大切で特別な友人達であり、また、現在ご一緒に仕事をさせていただいている方達です。娘夫婦にとって、これからの人生においてこの方々が支えてくれて、力になってくれることは、非常に大きな財産となり、これからの人生において大きな意味をもつことでしょう。
強く印象に残っているのが、市川團十郎丈です。彼とは、若くして妻を亡くしたという共通点があり、また「まお」という名前にも縁があるため、シンパシーと言いますか、つながりのようなものを感じていました。彼も何か感じてくださったのか、この日のために特別な舞をご披露くださいました。普段、めったなことでは舞わないという「勧進帳 弁慶 延年の舞」です。
成田屋のお家芸である歌舞伎十八番の勧進帳、その中でも屈指の名場面で、あのダイナミックな迫力にあふれた團十郎丈の舞は、今こうして思い出しても胸に響きます。真生の母親もどこかで一緒に見てくれたかな、と思いました。
私と團十郎丈の感性はとても似ていて非常に相性が良く、今後も一緒に仕事をしていきたいと思っています。そして、日本の文化である「歌舞伎」を彼と共に世界に広げていきたいと考えています。
真生の母親、私の妻は、真生が9歳のときに病気で亡くなり、そこからは真生と私、親子二人の生活でした。正直に言えば、当時は真生をどこへ出しても恥ずかしくない一人前の人間に育てることに必死で、振り返る余裕もなかったように思います。
妻は亡くなる前「真生は大丈夫、強い子だから」と言っていました。その言葉の通り、真生は本当に強く、まっすぐに育ってくれました。いつも明るく、周囲に気を配れる人間になってくれたことを、父として嬉しく思っています。
これまでいくつもの大きなプロジェクトに関わってきましたが、一番うれしかったと言えるのはそうした仕事の上での成功ではなく、真生がこんなにもすばらしい人間に育ってくれたことです。
真生と過ごした日々のなんでもない時間、真生の弁当を作っていた朝や、他愛ない会話をしていた夜、そういった積み重ねから今、娘の結婚という私にとってとても大きな節目を迎えました。病床の妻に「真生を幸せにする」と約束したあの日のことも思い出しながら、少しはその約束を守れたのではないかな、と感じています。
真生のこれからの人生、親としてできることは多くありませんが、真生にもし助けが必要なときにはそっと支えながら見守っていきたいと思っています。
改めて、あの日お越しくださった友人たちに感謝しつつ、何度も思い出したい特別な日として心に残しておきます。


金澤幸雄